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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)12831号 判決

原告

大類喜恵

右法定代理人後見人

長尾芳男

原告訴訟代理人

岡村親宜

外三名

被告

株式会社笹川建具商店

右代表者

笹川貢

被告

笹川貢

被告両名訴訟代理人

本渡乾夫

外一名

主文

一  被告株式会社笹川建具商店は原告に対し、金一九二九万六〇三〇円及び右金員中金三〇〇万円に対する昭和五三年五月三〇日から、金一六二九万六〇三〇円に対する昭和五四年一月一一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告笹川貢は原告に対し、金一九二九万六〇三〇円及び右金員に対する昭和五三年五月三〇日から完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告株式会社笹川建具商店及び被告笹川貢に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告両名の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金三七一五万円及びこれに対する昭和五三年五月三〇日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は亡大類マス江(以下亡マス江という)の一人娘で同人の唯一の相続人である。被告株式会社笹川建具商店は建具の製造、販売等を目的とする株式会社で、亡マス江は同会社に昭和四九年九月頃から後記2記載の事故により死亡するまで従業員として勤務していた。被告笹川貢は被告会社の代表取締役である。

2  亡マス江は、昭和五三年五月二九日午後二時三〇分頃被告笹川の指示により、同被告が被告会社の店舗内に約二〇枚ほど重ねて建てかけてあるドア(一枚の重量約三〇キログラムの木製ドア、フラッシュドア、ガラス戸等)の中から注文品を選別する作業を補助するため、右ドアが倒れないように前面に立つてドアを両手で支えていたところ、支えていた木製ドア等の重量を支えきれず、右ドアとともにあおむけに倒れ、後頭部を舗道コンクリートに強打する事故(以下本件事故という)にあつた。そして亡マス江は同年六月一〇日右事故による脳挫傷のため死亡した。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実は本件事故の原因及び亡マス江の支えていたドアの重量の点を除き当事者間に争いがない。

二そこで本件事故の原因につき検討をする。

右当事者間に争いがない事実及び〈証拠〉によれば、昭和五三年五月二九日午後二時三〇分頃、被告会社の代表者の被告笹川は、被告会社の店舗内に約二〇枚ほど重ねて建てかけてあるドア(木製ドア、フラッシュドア、ガラス戸等)の中から注文品の木製ドアの框部分の寸法を測るため、亡マス江に右ドアが前面に倒れぬように支えることを命じたこと、そこで亡マス江は、建てかけてあるドアの前面に立つて約九枚ほどのドアを両手で支えていたところ、約三分位経過後、突然何等声を発することなく、四、五枚の木製ドアとともにあおむけで倒れ、頭部を床で強く打つたこと、亡マス江は、本件事故当時満五三才で身長1.53メートルの小柄な婦人であること、亡マス江が支えていたドアは、木製ドア(クラシックドアと呼ばれ、全部木製(ラワン材質)のものとガラス入れ用(但し、事故当時ガラスははめこんでいない)のものの二種類)が少なくとも4.5枚、その他にフラッシュドア(ベニヤ板を木材にはりつけたドア)、ガラス戸(ガラスを入れていない木製の枠のみの戸)の合計約九枚程度であり、ドアの大きさは種類によつて異なるが、大体高さ約1.8メートル、幅約八〇センチメートル、厚さ約三センチメートルで、その重量は全部木製のクラシックドアは二四―二五キログラム、ガラス入れ用クラシックドアは二一〜二二キログラム、フラッシュドアは五キログラム、ガラス戸は二〜四キログラムであること、そして亡マス江の支えていたドアの総重量は少なくとも一〇〇キログラムはあり、ドアを直立もしくはそれに近い状態において支える場合には、支える側にはそれほど重量はかからないが、その傾き角度(ドアを床面に直角に立てたときを0とする角度、以下同じ)如何によつては、相当の重量が負荷されること(もつとも、本件では、亡マス江の支えていたドアの傾きの角度、ドアと床面との摩擦係数等が不明なため、亡マス江にどの程度の重量が負荷されていたか計数上明確ではない。)、また支えているドアの重量が重すぎる等のためバランスが崩れ、前面に倒れかかつた場合には、ドアの傾き角度が大きくなるのに比例して支える側に重量が負荷されるため、体勢をたて直すことは困難であり、また右のような場合には、ドアを支えている者は逃げ場がなく、ドアとともに真うしろにそのまま倒れる危険性があること、右観点からみると前記認定程度の重量のドアを支えさせることはその支える角度如何によつては、亡マス江の年令、体力を考えると危険な作業であることが各認められ〈る。〉

一方右笹川貢(第一回)の供述によると、被告会社では、本件事故以前にも亡マス江を含めた従業員に本件と同じような作業(但し、ドアの枚数、重量は一定していない)を何回となくおこなわせており、本件のような事故はなかつたことが認められるが、右事実を考慮しても、前記認定の各事実に照らすと、他に本件事故の原因を推認するに足る的確な証拠のない本件(亡マス江が貧血のためめまいをおこしたとの被告らの主張は後に判断をする)においては、本件事故の原因は、亡マス江が被告笹川の指示により、前記認定のようにドアを支えていたところ、右ドアの総重量が重く且つその支えていた角度が大きかつたため、ドアの重量を支え切れずに転倒したことによるものと推認される。

被告らは、亡マス江は本件作業中貧血のためめまいをおこし転倒した旨主張し、被告兼被告会社代表者笹川貢は、病院で亡マス江から本件作業中めまいをおこした旨を聞いた趣旨の供述(第二回)をするが、右供述は、〈証拠〉に照らし信用できない。また〈証拠〉によれば、亡マス江は昭和四九年二月当時若干低血圧気味であつたこと、本件事故当時毎週二回小唄の出張稽古をしていたためそのときは帰宅が一二時頃になつていたことが認められるが、右以上に被告主張のように貧血のためめまいをおこし転倒したとの事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、右事実のみをもつてしては未だ前記認定事実を覆えすに足りない。

三次に被告らの責任について検討する。

1  被告会社の責任について

被告会社が亡マス江を雇傭し、自己の営業に従事させていたことは前記のように当事者間に争いがない。ところで雇傭契約における使用者の労働者に対する義務は、単に労務の提供に対する対価の支払に尽きるものではなく、労務の提供に際し労働者の生命・身体に生ずる危険から労働者を保護すべき一般的な安全保護義務も含むものと解される。これを本件事案にそくして考察すると、前記のように亡マス江は、被告会社の袋者被告笹川の指示により本件作業を遂行中、支えていたドアの重量に堪えきれず、ドアとともに倒れ頭部を強く打ち、その結果死亡したものであるから、被告会社としては、右のような事故が生じないように、殊に亡マス江のように体力のない年配の婦人に本件のような作業に従事させるにあたつては、支えるドアの枚数、重量を無理のないようにし、且つ支えるドアの傾きの角度をできる限り少なくし無理な重量がかからぬように指示、監督して業務に従事させる注意義務があつたところ、被告会社は、右義務を怠り、本件事故を生じさせたものであるから本件事故による損害賠償義務を負うものである。

2  被告笹川の責任について

被告笹川が本件事故発生当時被告会社の代表取締役であつたこと及び被告笹川の指示、監督のもとに本件作業がなされていたことは当事者間に争いがない。従つて、被告笹川は、本件作業にあたり本件の如き事故が発生しないように、前記のように亡マス江の体力を考えて、支えるドアの枚数、重量を無理のないようにし、且つ支えるドアの傾き角度をできる限り小さくして無理な重量がかからぬよう注意すべき義務があるにも拘わらず、右義務を怠り漫然と亡マス江をして本件作業に従事させ、よつて本件事故を発生させたものであるから、被告笹川は、不法行為責任により本件事故による損害賠償義務を負うものである。

四進んで本件事故により生じた損害につき検討をする。

1  亡マス江の得べかりし利益

亡マス江が本件事故当時満五三才(大正一四年四月一一日生)の女子であつたことは当事者間に争いがなく、被告会社における亡マス江に対する昭和五三年度に予定されていた賞与が三四万五〇〇〇円であることは被告らの自認するところである。〈証拠〉によれば、亡マス江は、昭和四九年九月に被告会社へ入社し、主として伝票整理、注文受け等の仕事に従事し、本件事故前の昭和五二年一二月から五三年五月まで毎月一一万五〇〇〇円の給与を受けていたこと、亡マス江は、普通健康体の女子であり、近時の平均寿命の伸長に鑑みると今後少なくとも一四年間は就労し収入をあげえたであろうこと被告会社は定年制をとつていないことが各認められる。

被告兼被告会社代表者笹川貢(第一回)は、被告会社における仕事の性質上、女子の就労は六〇才が限度であり、亡マス江は、これまで被告会社で勤めた女子の最年長者であつた旨供述するが、前記のように被告会社は定年制をとつていないこと、亡マス江の就労可能年数が一四年であること、本件事故当時の亡マス江の被告会社における仕事は売上帳の記帳等の一般事務が主であり、さして体力を要する仕事ではなく、本件のようにドアを支える等の仕事があるにしても、被告会社内で年令、体力に応じ仕事の分担をかえることも十分に可能であることを考えると、本件逸失利益を算定するにあたつては、亡マス江が本件事故後一四年間被告会社に勤めることにより得られるであろう収益を基礎として算出するのが合理的である。

以上によれば、亡マス江の就労可能年数は、一四年、生活費は収入の三分の一と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年毎ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一一九七万〇三五〇円となる(172万5000円×2/3×10.409(14年のホフマン係数)=1197万0350円)

よつて原告は、右損害賠償請求権を相続により取得したものである。

なお、原告は、右算定にあたり、亡マス江の賃金収入は、昭和五三年及び五四年度の賃金センサスの全労働者の平均賃金によるのが合理的である旨主張するが、亡マス江が事故当時得ていた収入が証拠上明確になる以上、右収入額を基礎とするのは当然であり、原告の右主張は採用の限りではない。

2  慰藉料

(一)  証人長尾芳男の証言によれば、亡マス江は、本件事故当時一家の中心として被告会社で働き、原告を女手一つで養育していたこと、原告は、本件事故当時満一五才(昭和三七年九月一三日生)の高校生で、母親の亡マス江と二人で生活をし(父親の福岡喜久三は既に死亡)、亡マス江死亡後は、原告の後見人となつた母方の伯父の長尾芳男と同居し養育されていることが各認められる。以上の事実と前記認定した本件事故の態様及び本件では被告会社における昇給規定が認められないため事故当時の亡マス江の賃金収入を基礎として逸失利益を算出しているため右数値は控え目なものであること、今後将来にわたつても貨幣価値の下落と賃金所得の上昇が予測されること等一切の事情を考慮すると、亡マス江の精神的苦痛に対する慰藉料は九〇〇万円を原告の精神的苦痛に対する慰藉料は三〇〇万円をもつて相当とする。

よつて原告は、亡マス江の慰藉料請求権を相続により取得したものである。

(二)  なお原告の被告会社に対する雇傭契約上の債務不履行を理由とする原告固有の慰藉料請求は、前記のように原告が亡マス江の死亡により精神的苦痛を受けたことは認められるが、原告と被告会社間では、何ら契約関係はなく、債権債務関係を有していなかつたのであるから、失当であるが、前記のように本件事故は、被告代表者笹川の義務違反によるものであるから、被告会社は民法四四条により原告に対し、右慰藉料についても賠償責任を負うものである。

3  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らが本件損害賠償請求に応じないため、止むなく原告訴訟代理人らに本件訴訟の遂行を委託し、本訴を提起するに至つたことが認められ、そして本件訴訟の難易、追行の経過及び原告の請求認容額等に照すと、原告が被告らに負担を求め得る原告の本訴弁護士費用は、一五〇万円をもつて相当とする(なお、原告の被告会社に対する債務不履行に基づく請求は、原告は直接契約当事者ではなく、本件弁護士費用は、原告の負担において支出すべき費用であるが、原告の相続した被告の義務違反に基づく損害賠償請求権実現のために要した費用であり、原告を含めた被害者側の支出として、これを本件損害の中に含ませるのが相当である。)。

4  損害のてん補

原告が本件事故に関し、労働者災害補償保険から六一七万四三二〇円を受領していることは当事者間に争いがなく、右金員は原告の前記損害賠償債権二三九七万〇三五〇円に充当されたと解されるから、右損害賠償債権の残額は一七七九万六〇三〇円となる。

なお、被告らは、原告が厚生年金保険金一一四万九六〇〇円を受領しているから、右金員を控除すべき旨主張するけれども、厚生年金保険は、被保険者の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする社会保障制度の一種であり、不法行為による損害のてん補たる性質を有するものではなく、被告らの主張は採用できない。

五以上の次第であるから原告の被告会社、被告笹川の両名に対する請求中

1  被告両名に対し、各自一九二九万六〇三〇円の支払を求める部分

2  被告会社に対し、右金員中三〇〇万円(被告会社の不法行為による原告固有の慰藉料)に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五三年五月三〇日から及び一六二九万六〇三〇円に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和五四年一月一一日(原告の右請求は、債務不履行に基づくものであるから、履行の催告によつてはじめて遅滞におちいると解すべきであり、特段の主張・立証のない本件においては遅延損害金債務は本件訴状送達の日の翌日である昭和五四年一月一一日から発生するものというべきである。従つて、原告の右催告までの間の遅延損害金の支払を求める部分は失当である。)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分

3  被告笹川に対し、一九二九万六〇三〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五三年五月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分

はいずれも理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(満田忠彦)

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